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hiragram no blog

iOSとか

クソアプリ開発は目的ではなく手段

クソアプリ Advent Calendarの16日目です。

先日個人で作ったSushiCameraというアプリをリリースした。

hiragram.hatenablog.jp

個人で作ったアプリがストアリリースまで行ったのは初めてだったので、やる前の気持ちや今の気持ちを雑に書く。


クソアプリ作るぞ〜という気持ちがあって作ったわけではなくて、「カメラ」「画像加工」あたりの技術に触りたかったのでそのために雑に作ったという感じで、大衆にウケようとか収益化しようみたいなことは一切考えてなかった。

もともと今まで関わってた(or関わってる)アプリがステルスリリースだったりファーストリリース前だったりして「私の作品はこれです」といえるものが無かったのもあって、せっかく作るなら他者から見える形で、1つのプロダクトとして最低限の体だけは整えようと思っていた。テーマにした「カメラ」「画像加工」以外の例えばUIとかシェア機能とかそういうのは本当に適当に作ったり全く作らなかったりした。

ある程度作っていろいろ好きに作り込んでみて、満足したら後は適当に整えてストアに申請。何度かリジェクトされたけどなんだかんだ通った。

自分のプロフィール(Wantedlyとか)にストアのURLを載せられるというのはなかなか気分がいい。ストアに出してからはもうコードをいじるモチベーションもそんなになくなってたのでほったらかしていたら、「SushiCameraをみてご連絡しました」という企業からメッセージが来たりした。

のちのち転職とか考えるときに効いてくればいいやーくらいに思ってはいたので、いきなりそういう連絡が来てマジかとなった。たまたまどこかで目に触れて連絡してみようとなったんだとしたら、かなり運が良かったと思う。正直これが自分のなかで成功体験としてかなり強く印象に残っていて、クソでもアプリとして出すことに意味はあるなあとより思うようになった。

自分のスキル/経験を端的に示す意味でも、その技術を扱ったシンプルなアプリを作って置いておくのはポートフォリオ的に使えてよい。それはアプリとしてはクソアプリの域を出なかったとしても、自分のアピールには十分つかえるだろう。

SushiCameraリリース以前は休日にずっとコードを書くみたいなことはあんまりなくて、せいぜい小さいスクリプトを書いて遊んだり、新しいライブラリをちょっと触ってみたりぐらいだったが、最近は結構プロダクトを作るためのコードを書く時間が増えたと思う。一昨日から新しい動画カメラアプリを作り始めた。これは習作というよりはちゃんと作り込んでみたい系のアプリだけど。

僕はクソアプリを作ったぞ〜わいわい〜みたいな楽しみ方は当人としても傍から見てもあんまりおもしろいと思っていないが、客観的にクソに見えるアプリでも、そこに自分にとって有意義なチャレンジとかアウトプットとしての意義がちゃんとあれば、どんどん作って出せばいいのではという視点を得られたよい経験だった。

アプリをつくる、サービスをつくる以外にコードのアウトプットとしてOSSなんかがあげられるけど、これは僕は過去に何度か挑戦しつつもコードを書く、技術力を身につける、ということ以外に考えなきゃいけないことが多くてなかなか大変だなという感じで何度も投げ出している。この辺は向き不向きがあると思うので、僕は今後も習作クソアプリとたまにちゃんとしたアプリをがんばってつくっていく感じの努力を続けていきたいと思う。

結局言いたいことは、クソアプリを出すことは自分の技術と経験をきちんと見える形で残しておくための手段であるということである。